寂しそうに佇む吉原高級ソープ嬢たちの後ろ姿

不景気と言われ続ける中、特にここ最近高級店をはじめ吉原の街全体が衰退の一途を辿っているように感じる方も多いのではないでしょうか。果たして今の吉原は本当にその魅力を失ってしまったのでしょうか?東京五輪も控え日本全体の隆盛が期待される中、吉原ソープ街衰退の理由や原因を読み解くことで最悪のシナリオを回避する事を切に願います。


高級ソープの特別感

吉原のソープランドと言えば、昔はいわゆる高級店がほとんどで、大衆店や格安店などはあまり存在していませんでした。吉原のソープ高級な風俗という認識が一般的で、その接客技術の高さや高級感を売りに特別な風俗の王様としてその存在を確固たるものとしていましたが、長く続く不況に伴うデフレの影響で低価格化を打ち出す店も増え、同時に運営コストを下げ始めます。送迎車も高級外車から国産ミニバンに変え、内装や備品も必要最低限に抑え、回転率を重視する店が増えます。早朝格安サービスなど模索するも根付かず仕舞。無駄を削ぎ実を取る事はとても大切ですが、最高級の特別感をも削がれてしまう傾向にあるのだとしたら、それは吉原の存在意義さえも否定する事に繋がりかねません。


ソープ嬢が育ちにくい背景

全体的にコストを下げるという事は当然人件費や育成費も含まれています。携わる運営スタッフや女の子たちのギャラが相対的に下がると、質も下がり、どうしても人を育てるよりも使い捨てる方向へシフトしてしまいます。当然、女の子もお店に定着し難くなりモチベーションも下がり、風俗嬢講習・セミナーなど接客技術向上への取り組みの機会も減ります。店を転々としたり、出稼ぎなど吉原で集客が見込めない時期に地方へ渡り歩く姫も増えます。一処に留まらずS着やノースキンで出来るというソープランドとしての体をギリギリ保っているだけのプロとは言い難い姫が増えてしまう事は、その他風俗との差別化や満足感が薄れてしまう最たる要因で悪循環の極みといえます。


吉原じゃなくても良い?

吉原は日本で最大規模を誇る江戸の遊郭としてその歴史を刻んできましたが、それ故に陸の孤島として隔離され、現在の東京においてもアクセスの良い立地条件とは言い難い場所にあります。そんな歴史的背景から排他的な風土も特に根強く残っていますが、ソープランドは日本全国各地に存在し、社会の情報化により様々な比較検討も容易になった事で、地域ではなくお店で選ぶ傾向が強まりました。全体的な広告費削減などによる発信不足が進みブランディングとしての吉原の強みが薄れると、単に日本一お店が密集しているというだけのちょっと不便な場所になってしまい、地域の集客力自体が弱まってしまいます。ソープと言えば吉原という昔ながらの漠然としたイメージだけでは時の経過と共に必ず衰退してしまいます。



吉原の存在意義はやはりその特別感が未来の鍵を握っています。安く・早く(短く)・若いだけのただ抜けるだけのサービスでは本来贅沢を楽しむはずの醍醐味もなくなり、その他の風俗とのアドバンテージも薄れます。つまり吉原にとっての最悪なシナリオとは、プロ意識が薄れ技術も低下しただ若干不便な風俗街になり果ててしまう事と言えそうです。高級店が良くて格安店が駄目、お仕事系が良くて素人系が駄目、という単純な話ではなく、風俗嬢として働く理由は様々あれど、吉原高級ソープ嬢の将来はそれぞれの特色を精いっぱい訴求する、携わるすべての人々の自信と誇りにかかっていると言えます。世界的にも稀有な文化を守るためにも、どうかおもてなしの心向上心初心プライドを併せ持ち頑張って頂きたく願っています。それが一時でも仕事に携わるご自身の輝く人生へと必ず繋がるのですから。
私共も微力ながら業界正常発展に尽力したいと思います。

Yoshiwara.Link